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東京地方裁判所 昭和39年(ワ)6752号 判決

主文

原告らが被告に対し、それぞれ雇傭契約に基く権利を有することを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

〔甲〕  原告らの申立及び主張

原告ら訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求の原因及び被告主張の抗弁に対する答弁として、次のように述べた。

一  (請求の原因)

原告坂田は昭和二四年六月一四日、同高野は昭和二三年八月一七日、同菅野は昭和二六年四月二日それぞれ被告(以下、会社ともいう。)に工員として雇われて、その事業所の一たる川崎市南渡田町所在の川崎製鉄所に勤務し、昭和三二、三年当時の所属職場及び職種は原告坂田が製銑部化工課第一化工係所属記号工(但し、後記組合専従者)、同高野が製鋼部平炉製鋼課造塊係所属造塊工、同菅野が技術管理部計測管理課熱管理係所属分析工であつた。なお、原告らは、いずれも川崎製鉄所の従業員で組織する日本鉄鋼産業労働組合連合会日本鋼管川崎製鉄所労働組合(以下、組合という。)の組合員である。

ところが、会社は原告らを昭和三三年二月二六日附をもつて解雇したとして、その後従業員として処遇しない。

よつて、原告らは被告に対し雇傭契約に基く権利を有することの確認を求める。

二  (被告主張の抗弁に対する答弁)

(一)  被告主張の抗弁事実中、会社が原告らに対し懲戒解雇または論旨解雇の意思表示をしたことは認める。

(二)  同(一)1の事実中、原告らを含む組合員(川崎製鉄所従業員)九名が組合の指令に基き、被告主張の反対行動に参加するため、組合執行委員(専従者)たる原告坂田を責任者として被告主張の日砂川町に相前後して赴き、既に立川飛行場北側に集合していた反対派の集団に加わつたこと、その際原告坂田及び同高野が携行したヘルメツト型帽子を着用し、原告菅野が赤鉢巻をしめたこと、原告らを含む組合員九名が被告主張の日に逮捕され、原告らが被告主張の日に被告主張の罪名により起訴されたこと、右反対行動参加者中逮捕されたものが二五名(そのうち会社の従業員九名)、起訴されたものが七名(うち会社の従業員原告ら三名)であつたこと、以上の事実が当時、被告主張のように報道されたことは認めるが、その余は否認する。

(三)  同2の事実は会社の鉄鋼原料の輸入先、製品の販売先及び運営資金の調達方法に関する点並びに原告らの行動の影響に関する点を除き、その余を認める。右除外部分の前段の事実は知らない。後段の事実は否認する(但し、ハガチー事件の発生の事実は認める)。

(四)  同(二)の事実中、被告主張の労働協約及び就業規則上、被告主張の規定が存することは認める。

右規定にいう「不名誉な行為をして会社の体面を著しく汚したとき」とは会社の従業員が客観的に企業の秩序ないし生産性の維持と相容れない性質、程度の不名誉な行為をし、これより現実に会社の企業としての社会的地位、信用、名誉を著しく毀損し、これがため、会社に、もはや当該従業員との雇傭関係の継続を期待し得ない客観的事情がある場合のみを意味する。なぜなら、元来、使用者の従業員に対する懲戒処分が企業における秩序ないし生産性の維持という目的のため許される措置である以上、労働協約または就業規則上の懲戒に関する規定の解釈適用について、さような懲戒の本質目的からして自ら客観的限界が存するのは当然であり、現に前記労働協約三八条及び就業規則九七条の各一号ないし一〇号が列挙する懲戒事由が、いずれも企業秩序の侵害または企業の生産に対する不寄与とみられる非行のみであることに照せば、同一一号の不名誉な行為による会社の体面汚損を懲戒事由としたのも、同様の趣旨に解すべきところ、これに対する懲戒処分が解雇と定められているのであつてみれば、右規定の適用が許されるのは企業としての会社に、当該従業員との雇傭の継続を望み難い事情がある場合に限定されるからである。

(五)  同2の事実中、東京地方裁判所が被告主張の判決を言渡したことは認めるが、その余は争う。

原告らの行為は職場外で、かつ、職務と関係なく、たまたま激動する政治情勢の特殊な状況下になされたものであつてその性質、程度において、もともと客観的に、会社の企業ないし生産性の維持と相容れないていのものということはできず、また、これによつて現実にも会社の企業としての評価を毀損する結果は生じなかつた。

(六)  同(三)の事実中、被告が原告らの行為を前記懲戒規定に該当するものと判断し被告主張のように組合に事前通知をし、また組合と協議をしたことは認める。

(七)  要するに原告らの行為は仮に被告主張のようなものであつたとしても、前記懲戒事由に該当しないから、右解雇の意思表示は労働協約及び就業規則の適用を誤つたものであつて、無効である。

〔乙〕  被告の申立及び主張

被告訴訟代理人は「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、答弁及び抗弁として次のように述べた。

一  (答弁)

原告ら主張の請求原因事実は認める。

二  (抗弁)

会社は原告らに後記懲戒事由が存したので、昭和三三年二月二一日原告坂田及び同高野に対し、それぞれ同月二六日附をもつて懲戒解雇する旨の、また同菅野に対し同日附をもつて論旨解雇する旨の意思表示をしたから、原告らとの雇傭関係は同日限り終了した。

懲戒事由の存在、懲戒規定の適用及びその経緯は次のとおりである。

(一)  原告らの行動並びにその影響

1 政府(東京調達局)はアメリカ合衆国空軍の使用する東京都北多摩郡砂川町所在、立川飛行場の拡張工事のため昭和三二年七月八日午前五時頃から同飛行場内民有地の測量を開始しようとしたところ、かねてから右測量反対のため地元民によつて組織されていた砂川町基地拡張反対同盟員並びにこれを支援する労働組合員及び学生らはその頃から右飛行場の北側境界柵外に集合して気勢を挙げ、右測量を援護する警官隊と衝突を起した。原告らを含む川崎製鉄所の従業員(組合員)九名は組合の指令に基き、原告坂田(組合執行委員・専従者)を責任者として右反対行動に参加するため同日朝、相前後して現地に赴いたが、もとより右反対行動による不祥事の発生を予見してのことであり、なかでも、原告坂田及び同高野の両名は出発にあたり既に現地では警官隊と右反対同盟側行動隊との間にもみ合いが始まつているという情報を得ていた。そして、現地に到着すると、原告坂田及び同高野は携行したヘルメツト型帽子を着用し、また原告菅野は赤鉢巻をしめて、その余の組合員とともに右飛行場の北側境界柵外に集合していた右行動隊に加わつた。

ところが、測量の対象たる民有地が当時有刺鉄線を支柱に張つた境界柵で囲まれた米軍の使用区域の内側にあつたため、右行動隊のうち原告らを含む約二五〇名は測量阻止の目的をもつて、右境界柵を数十米にわたり破壊して、右基地内に侵入し、警官隊がこれを防ぐため設置した移動バリケードをはさんで警官隊と対峙して、これに反抗し、バリケードを踏みつけるなどの積極的行動に出て、原告らを含む組合員九名も、その最前列に陣取り、率先して気勢をあげた(右事件を以下、砂川事件という。)。

これがため右基地侵入者のうち原告らほか組合員六名を含む二五名は同年九月二二日逮捕され、そのうち悪質とみられた原告らを含む六名は同年一〇月二日日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定に伴う刑事特別法(以下、刑特法という。)第二条違反の罪名で起訴された。

そして、以上の事実は当時新聞紙上に報道され、またテレビ、ラジオなどで広く報道された。

2 会社は東京都千代田区に本店、神奈川県下に川崎製鉄所、鶴見製鉄所及び建設途上の水江製鉄所を含む六事業所(工場)、富山、静岡、新潟各県にそれぞれ一事業所(工場)を設け、米国、西ドイツ等にも事務所を有し、当時従業員約三万名、資本金一〇〇億円(株主数一〇万余名)をもつて、鉄鋼、船舶、肥料等の製造、販売を営み、わが国において公共性の大きい基幹産業をなすものであつて、鉄鋼の原料である鉄鉱石の殆どを米国等から輸入する一方、製品の販売先も国内にとどまらず、米国その他諸外国の主としてガス、鉄道、建設、造船等を営む企業体にまで及んでいるが、戦後の鉄鋼需要の急伸に応じて工場施設の新設、改修並びに原材料の購入などに要する多額の資金(水江製鉄所につき昭和四〇年までに一九〇〇億円)を国内金融機関及び国際開発復興銀行(世界銀行)からの借款によつて賄つているのである。そして、川崎製鉄所は従業員約一三〇〇〇名を擁して銑鉄、鋼塊、圧延鋼材等を生産し、京浜工業地帯では最大の規模を有する会社の主力工場である。ところが、会社の従業員たる原告らが前記行動に及び、これが報道されたため、会社は忍びがたいほど著しく体面を汚された。すなわち、会社は、その株主、販売先、同業者(会社を含む大手鉄鋼会社六社の労務部長で構成する六社会及び全国鉄鋼連盟労務部会)並びにその所属する経営者団体(関東経営者協会、神奈川県経営者協会など)から右報道の後昭和三三年三月頃までの間種々の会合等において砂川事件に関する説明を求められた挙句、会社がかような従業員を雇傭していることを強く非難され、面目維持のため弁明に汲々とさせられたのである。加えて、原告らの行動は会社と原告ら従業員及び組合との相互の信頼関係を害したほか、他の従業員の心理に悪影響を与え、昭和三五年六月一〇日惹起した世上いわゆるハガチー事件に川崎製鉄所の従業員が参加する因をなした。

(二)  懲戒規定の適用

1 被告と組合との間において砂川事件及び原告ら解雇の当時効力を有した労働協約(昭和三一年一一月一五日締結)三八条(当時施行されていた川崎製鉄所の就業規則九七条と同文は、従業員に対する懲戒解雇または諭旨解雇(懲戒の一種)の事由の一として「不名誉な行為をして会社の体面を著しく汚したとき」(一一条)と定めているが、右規定の趣旨は会社の従業員が不名誉な行為をして世間に宣伝された場合、会社が、その企業の性格、規模から必然的にはねかえりを蒙ること、例えば、会社がかような従業員を雇傭している事実から労務管理の不良、労使関係の不安定ないし信頼関係の欠如を非難し、誹謗されて体面を汚損し、その結果、多岐にわたる企業活動に直接悪影響を受けること及びひいては他産業に会社の責任上放置しえない重大な影響が及ぶことを防止する必要に基くものである。すなわち、企業の健全円滑な運営は資本主義体制の法秩序のもとでは当然保護されるべきであるが、特に会社のような基幹産業にあつては、各般の営業活動上、その対外信用を維持高揚することが絶対不可欠であつて、これを阻害する一切の要因が除去されなければならないのである。そして、ここにいう会社の体面の汚損とは法益の性質からみれば、少くとも社会通念上、会社の体面を著しく汚す虞があると認められる行為があれば足り、これにより現実に取引が侵害され、また物的損害が発生したことを要しないが、その行為の成否は企業経営の実体、社会的地位などを綜合して客観的に判断さるべきものである。

ところで、企業は総合的、有機的に組織された経営協同体である以上、これを円滑に運営するには経営秩序の確立を必要とするから、その一員たる従業員に法令並びに企業内の諸規則の遵守を要請し、また企業相応の人格、品性の具有を期待するのは当然であり、会社のように公共性を有する大規模な企業にあつては特にそうである。したがつて、会社と従業員との雇傭契約においては従業員が善良な市民としての行動の範囲を逸脱しないことを潜在的な合意の一要素としているのであるから、これを否定するような従業員の行為は雇傭契約における労使の信頼関係を自ら破壊し、ひいては経営協同体全般に不利益をもたらすものというべく、懲戒の対象となり得ることは明らかである。

2 原告らの前記行為はもとより違法なものであつて、東京地方裁判所が、これにつき昭和三六年三月二七日有罪判決を言渡したのは当然である。すなわち原告らの行為は住居侵入にも準ずべき自然犯であるのみならず、計画的に顕然と現行法秩序を否定し法治国家の根幹を脅かす重大な犯行とみらるべきであつて、前記懲戒規定にいう「不名誉な行為」に該当することは多言を要しない。

そして、原告らの行為によつて、労使の信頼関係は破壊されたのは勿論のこと、会社が外部から非難されたため、その経営活動が金融、販売その他重要な面において害されたから、会社の体面は著しく汚されたものといわなければならない。

3 したがつて、原告らの行為は、その影響を考慮すれば、前掲労働協約三八条及び就業規則九七条の各一一号の懲戒事由に該当する。

(三)  解雇に至る経緯

被告は前記報道の後調査した結果、原告らが前記のような行動をなしたことが判明したので、これを前記懲戒規定に該当するものと判断したが、原告らに対し前記解雇の処分を行うについては昭和三三年一月一七日組合にその旨の事前通知を行うとともに、その後七回にわたり組合と協議した。

〔丙〕  証拠関係(省略)

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